(2020/01/30 09:00 一部修正しました)
こんにちは、きっちゃん(@I_am_Entraineer)です。
数年前から肩を外旋した時にゴリゴリと音がする症状が収まらず、色々試してきました。
が、改善が見られなかったのでこちらに伺いました。
「野球医学」で有名な馬見塚先生のクリニックです。診断の結果は「軽度の関節唇損傷」。ちょっとショックでしたが、状態がわかって改善方法もご指導頂いたので後は頑張るだけです。この話はまた後日。
で、先生の診断を受けている際に、私の職業が建設関係との話になり、先生から
「投球による障害って、建設材料での疲労とよく似ていると思いませんか?」
との話を頂きました。今日はちょっとその話をしようと思います。
疲労とは
人間も疲れるとケガをするように、金属のような硬い材料でも疲労と呼ばれる現象があります。よく針金が例え話に出てきます。針金を切断するにはペンチが使うのが一番簡単ですが、道具を使わなくても切断することができます。それは、切断したい場所を何度も曲げることです。繰返し曲げるとポキンと折れてしまいます。これはストレスが繰返し作用することで、目に見えない小さなヒビが入り、さらに繰返すことで大きな亀裂になって最終的に破壊に至っているのです。
ストレスが大きければ大きいほど少ない回数で破壊します。ストレスの大きさと回数には関係性があることがわかっていて、S-N曲線と呼ばれています。例えば、鉄やアルミの疲労曲線は次のようになっています。
英語版ウィキペディアのAndrewDresselさん, CC 表示-継承 3.0, リンクによる
グラフは縦軸がストレス、横軸が繰返し回数になっています。横軸のとり方が見慣れないかもしれません。これは「対数グラフ」になってまして、極端に大きな数を扱う際に使うツールです。金属材料は、縦軸のストレスに対して横軸の繰返し回数が敏感に反応するので、このようなグラフを用います。ここで疲労に関するトピックをいくつか紹介します。
ストレスと繰返し回数
赤線の、アルミのグラフを見てみましょう。40 ksiのストレスで破壊するには、2万回繰返す必要があります。ところがストレスが減って30 ksiになると、20万回繰り返すまで壊れません。言い換えるとストレスを25%低減させると、寿命は10倍になります。
累積疲労
例えば、40 ksiのストレスを1万回受けた場合、その後30 ksiのストレスを作用させると10万回しか持ちません。ストレスを受けると基本的に回復することはなく、疲労は累積することがわかっています。
S-N曲線は統計データ
このグラフは多くの試験データから得られたものです。全く同じ試験を実施したとしても、40 ksiのストレスに対して2万回で破壊するものもあれば、10万回まで破壊しないものもあります。金属のように均質な材料であったとしても、材料の強度にはバラツキがあるということです。
ピッチャーの疲労特性を考える
さて、これを踏まえてピッチャーの疲労について考えてみましょう。例えば肘です。プロ野球選手、若年層を問わず、内側側副靭帯を損傷してトミー・ジョン手術に至るケースが増加しているそうです。
靭帯は筋肉と違って回復することがなく、「消耗品」と言われています。MLBでも160kmを投げる期待の若手投手が、数ヶ月でトミー・ジョン手術受けるケースが見られます。「野球のトラッキングデータに基づいた肘内側側副靭帯損傷の要因解析」によると、先発投手では投球数、リリーフ投手では球速がリスク要因の1つであると分析されています。
この現象は金属疲労にそっくりではないでしょうか?靭帯の強度は金属よりも大きな個人差があるでしょうし、ましてS-N曲線は得られていません。しかし肘の怪我を回避するには、ストレスと投球回数を管理することが非常に重要であることが想像できます。金属疲労で取り上げたトピックを、肘の故障に当てはめてみましょう。
ストレスと繰返し回数
内側側副靱帯の疲労も金属と同様と考えると、投球制限だけを加えても、ストレスが大きいと故障に至るリスクは増大します。一方で、ストレスの低減は大きな効果が得られるはずです。ストレスの低減の方法としては、
①全力投球を避けて球速を落とす
②肘に負担が少ないフォームの獲得する
が考えられます。
累積疲労
一度損傷すると回復しないと考えた方が良いでしょう。ですので、筋力が少なかったりフォームが完成していない若年層の段階で全力投球すると、おのずと靭帯の寿命を縮めます。
S-N曲線は統計データ
靭帯の強度や疲労特性にはバラツキがあります。全く同じフォーム、同じ筋力レベル、同じ球速で投げたとしても、ある人は100球で壊れ、ある人は1万球投げても壊れないことはあり得ます。ですので、肘を痛めた経験がない投手のフォームが必ずしも肘に良いフォームとは限りません。また自身が肘を痛めた場合、その主たる原因が先天的なものである可能性はあります。
おわりに
靭帯に金属疲労の考え方が適用できるかどうかは、現時点ではわかりません。ですが、ピッチャーとしての健康を保つための考え方の1つとして、何かしらヒントになれば幸いです。