こんにちは、きっちゃん(@I_am_Entraineer)です。
前回は、理学療法士のユウスケさん(@physioyusuke)のツイートをきっかけにデッドリフトの姿勢について考えてみました。
前回はルーマニアンデッドリフト(RDL)を取り上げずに終わりました。
RDLはハムストリングを鍛えるのに有用な種目と言われています。ですが一般的なコンベンショナル・デッドリフトと、フォームがどう違うのかよくわからない種目です。膝の屈曲角度を制限するので、矢状面の股関節位置でのモーメントアームは小さくなりますが、「ヒップ・ヒンジを強調する種目」とされています。モーメントアームが小さいのに、じゃあなんでヒップ・ヒンジに焦点が当てられるのだろう、と不思議に思います。
そこで、RDLを幾何学的・構造力学的に考えることで、なぜハムストリングが鍛えられるのか、なぜヒップ・ヒンジの強調とは何か、を考えてみたいと思います。
前提として。。。
前回と同様に、身長170cmの男性を想定することにしました。
RDLの定義の仕方には色々な捉え方があるかと思います。今回は、
・膝を積極的に屈曲しない
・バーは脚に接触させたまま
この2点だけを守ることとして、解析をしてみることとします。「膝を積極的に屈曲させない」というのは抽象的ですが、前回の記事からコンベンショナル・デッドリフトでの膝の屈曲角度が70°程度とわかっていますので、10°~40°までの範囲で変化させてみようと思います。解析方法は前回のデッドリフトと同様です。
RDLが成立する姿勢
計算すると、自然なRDLの姿勢を表現するのが如何に難しいかがわかります。RDLの姿勢を表現できるようになるまでの過程を紹介しながら、RDLでのポイントについて考えたいと思います。
上体がまっすぐだと厳しい
まず上体がまっすぐ、つまりneutral spineを保ったままでRDLをさせてみましょう。膝の屈曲角度が30°の場合の例を以下に示します。
膝の屈曲角度が10°、20°では深い位置まで下げることができませんでした。30°になるとプレートが接地する位置まで下げることができますが、腕の角度がすごいことになってしまいます。膝の屈曲角度を制限していることで、股関節位置が浅くなり、上体がつま先側により飛び出す格好になるためです。
腕の角度が23°もあると、強烈な負荷が肩関節の屈曲方向に作用します。仮にバーベルの重さが100kgだと、約40kgのケーブルプルオーバーをやっているような状態になります。これではハムストリングの種目と言うよりかは、肩や肘の伸展作用に着目した広背筋、三頭筋の種目になってしまいます。実際、私もRDLを模索している際に三頭筋が攣ってえらいことになった経験があります。上体が被り、なおかつバーを脚に触れさせようとするとそうなるんですね。
そこで、膝の屈曲角度を40°に見直しました。
これで腕の角度は17°になりました。先程よりは幾分か緩和されたように見えます。しかし上体がかなり倒れており、顔は真下を向く格好になり難易度が高そうです。というか、良く見かけるRDLからかけ離れている気がします。
上体がまっすぐだと、上体が長すぎて良い姿勢が保てないことがわかりました。そこで上体をなんとかして短くするために、胸椎を伸展させてみることにします。
胸椎を伸展させてみてる
胸椎を伸展させると、肩関節と足関節との水平距離が短くなるので、先程より腕の角度が緩和されるはずです。胸椎とは、背骨のうちT1~T12で表現される部分を指します。
Henry Vandyke Carter -
Vertebral column image.
- From: Henry Gray (1918年) Anatomy of the Human Body (See "ブック" section below)
- Altered by User:Uwe Gille, パブリック・ドメイン, リンクによる
胸椎より下は、腰椎、骨盤と続きます。胸椎・腰椎いずれにも伸展可動域がありますが、腰椎を伸展させすぎると、腰痛の原因になったりしますので、今回は胸椎だけ伸展させてみようと思います。
胸椎の可動域もバラバラですが、計算上いい感じに表現するのは難しいです。また、実際の動作として可動域を全て使いきれるかどうかも疑問です。ちょっといい加減ですが、エイヤで平均して5度ずつ伸展できることにしましょう。
また、上体を分割して骨盤の大きさ、脊椎のサイズを知る必要もあります。脊椎の湾曲の程度も知る必要があります。ですが、これらについても残念ながら情報が得られませんでしたので、またまたいい加減ですが以下の通りとすることにします。
・上体における骨盤が占める長さ:129.5mm
・腰椎1個あたりの長さ:28.5mm
・胸椎1個あたりの長さ:19.0mm
・上体の長さ:500mm = 129.5mm + 28.5mm * 5 + 19.0mm * 12
・neutral spineは一直線上に位置する
さらに、肩関節の高さはT3あたりに位置するようなので、今回はこれを踏まえます。デッドリフトの際は肩甲骨を下制しますが、これは無視します。もうこれだけ色々仮定すると実態を表現できていない気がしますが。。。仕方ありません。結果は以下です。
膝の屈曲角度が同じく40°ですが、上体を縮めるように使ったことで、腕の角度が15°まで緩和されています。
何となく見慣れたRDLの姿勢になってきました。
ただ、これでも腕の角度がきつそうに見えます。ちょっとでも改善するために、足関節を見直すことにします。すなわち、下腿部の角度を5°ほど股関節側に傾けてみます。
脛を少し傾けるといい感じに
脛の角度を5°、膝の角度を40°としたときの姿勢が以下になります。
腕の角度は14°まで緩和されました。劇的に改善されることはないですね。これ以上腕の角度を小さくしようとするならば、膝の屈曲角度をさらに大きく取る必要があるようです。ですから、ルーマニアンデッドリフトで「膝を屈曲させない」といっても、案外デッドリフトと違いはありません。ただ違いを出すための意識付けとしては、必要でしょう。
また下腿部を倒して、その下腿部にバーをくっつけていることで、重心位置がMid Footから踵の方へ移動しています。
これら姿勢について、コンベンショナル・デッドリフトも含めて、もう少し詳細に見ていきましょう。
コンベンショナル・デッドリフトとRDLの比較
コンベンショナル・デッドリフトとRDLの姿勢を比較してみます。股関節周りのモーメント量は、100kgのバーベルを持ったと仮定して計算しました。
種目 |
足関節 (底屈) [deg] |
膝関節 (屈曲) [deg] |
胸椎 [deg] |
シャフト高さ [mm] |
腕の角度 [deg] |
股関節 屈曲角度 [deg] |
膝関節 屈曲角度 [deg] |
股関節周り のモーメント [N-m] |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
RDL_Type1 | 0 | 40 | 0 | 226.2 | 16.5 | 59.6 | 40 | 252.9 |
RDL_Type2 | 0 | 40 | 5 | 226.3 | 15.2 | 51 | 40 | 251.6 |
RDL_Type3 | 5 | 40 | 5 | 226.4 | 14 | 54.2 | 40 | 257.9 |
DL | 0 | 70 | 0 | 225 | 4.5 | 52.2 | 69.7 | 367.9 |
RDLの方が股関節周りのモーメントは小さいですね。DLに比べると、約30%低減されています。一方で、股関節の屈曲角度はRDLの方が大きく、膝関節の屈曲角度はコンベンショナル・デッドリフトの方が大きくなっています。ですから、ハムストリングの起始・停止の距離はRDLの方が長くなっています。
このことが、RDLをやる意義なんだと思います。すなわち股関節の曲げモーメントを抑制した上で、ハムストリングを機械的に伸張させ、選択的に負荷を与えられる点が、RDLのメリットなんだろうなと思います。ですから「ヒップ・ヒンジを強調する種目」とは、モーメントアームが長いことを指しているわけではなく、股関節の屈曲・伸展を大きく取ることを指しているのでしょう。
また胸を張って、踵重心で実施することがRDLのメリットを最大限に引き出すためのテクニックであることがわかります。2つのテクニックを使って、広背筋・三頭筋の負荷の低減と、股関節周りのモーメントの抑制を両立させているものと思われます。
まとめ
今回の記事を書く過程で、ようやくRDLの理屈がわかったような気がします。個人的には腑に落ちました。パーシャルなDLとの違いが、ありありと見えたように思います。
ところで、モーメントアームは負荷の大きさの指標としては有用ですが、必ずしも万能ではありません。今回のように股関節を定滑車のようにしてハムストリングを伸張させるような動きは、モーメントだけではうまく評価できないと思います。このことについては別途記事を作成しようと思います。